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沖縄には様々な歴史背景がありました。中国との交易で栄えた琉球王朝時代、さらに戦後すぐはアメリカだったのです。そんなたくさんの文化が混ざりあってできた、沖縄文化。そこで生まれたものは、他にはない独自性を持っています。
しかし、その独自性がゆえに、ちょっと?なものまで沖縄にはたくさん存在します。このコーナーでは、そんな沖縄のめずらしい?変わった?物を紹介していきます。
みなさ〜ん。沖縄そば食べてますか〜?
という訳で今回は、聞くも涙、語るも涙の沖縄そば物語りですよ。
沖縄そばの由来は、昔、中国人が木灰に上澄み液と小麦粉を混ぜて麺をうち、汁と共に食べたのがはじまりだそうです。(今では木灰を使わずカンスイを使う店がほとんどですが、成分的にも役割的にもあまり変わらないそうです。)
つまり、驚くなかれ!そば粉は使っていないのだ!!なのに‘そば’なのだ!!
そう、これが「ああ沖縄そばよ、くじけるなかれソバへの道物語り」の始まりなのでありマス。
物語りと言っても推測による部分がありますが、
昔、昔、まだ沖縄がokinawaだった頃(戦後ってことね)沖縄県民は沖縄そばを間違いなく「そば」だとおもって食べていました。
時は流れて沖縄もはれて日本復帰を果たしました。
しかし、栄光の裏には必ず影があるというもの。
復帰して、4年後のある日の事、内地から沖縄に遊びにきた男がありました。
男は、大のそば好き。「沖縄そばを食べずには、いられるか」と沖縄そばやに駆け込みました。
ところが、男は、日本そばとのあまりのギャップに
「これはそばじゃねー!!うわー!」
とその場から逃げ出しました。
この事件に、日本の麺界は激震しました。
そしてなんと「沖縄そば」を、「そば」と呼んではならないと公正取引委員会から指摘があったのです!
その理由は、公正競争取引規約に、「そば粉を30%以上混合していないものは『そば』と表示してはならん!!」と書いてあるからでした。
今まで沖縄そばを「そば」だと思っていた県民は、途方に暮れ、仕事も手につかず、飯は喉を通らず、毎晩酒をあおり、妻子を泣かす日々が始まってしまいました。
しかし!!沖縄県民は黙ってはいなかった。
「このままおとなしく沖縄そばを沖縄そばと呼べなくしてしまったら、なんと呼べばいいのか?『沖縄スパゲッティinスープ』とでも呼べばいいのか?はたまた同じ小麦粉100%のラーメンに仲間入りして『沖縄ラーメン』になってしまうのか?立ち上がれ県民よ!!」
「おおー!!」
という訳で沖縄製麺協同組合が運動を起こし、1978年に「本場沖縄そば」として認可されたのが10月17日の事であります。
その日以来、亭主は、真面目に働き家族円満に暮らしたとさ。
いやー、感動した、感動した。パチパチ。
どうですか?
みなさんは、沖縄そばを食べたとき
「日本そばとまるで違うなー。うどんに近いような」
と思った(あるいは、思う)かもしれないですね。そんなときもう一度このお話を思い出して下さい。沖縄そばの暗黒時代が2度と来ないよう
「そうだそうだ、沖縄そばには歴史を駆け抜けた思いが込められているのだ。そう考えると味も良くなって来たぞ!」
と、思っていただければ幸いです。
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島人STAFF:モーリー |
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